伸びたシャツ
これはまだがオレより早起きだった頃の話。
頭数合わせに呼ばれた呑み会では、決してお持ち帰りなんて許されない。
ちょっと良いなと思っていてもそこは大事な仲間のために耐えるのが男のサダメ。
タダ酒にありつくことが出来るんだからそれ以上の見返りは期待するもんじゃない。
・・・いや、それ以上の見返りはちゃんとあったりするんだけど。
「く〜んおねむですかァ〜」
左腕に局地的なGがかかる。
本日は、生2杯に甘ったるいなんとかというカクテル一口。
まぁこんなもんか。
始まってから1時間と45分頃になるとこの現象は起きる。
二次会の話が出てくる少し前にの限界は訪れるのだ。
「やだ!くん本当にお酒弱かったのね」
目の前の女の子達がきゃっきゃと騒ぎ出す。
その気持ちは痛いほど良く分かる。
なんせこうなる数分前ですらコイツはにこにこと女の子達と話し込んでいるのだから。
「言ったろ〜。コイツいっつもこうなのよ。オレ様のダチのクセして情けない」
呑む量減らすなんて格好悪いと意地を張りたい気持ちは分かるが、これじゃあ意味ねェのに。
だから今の時点じゃ、いいとこセッティングした2人がいない間のツナギ役。
もちろんオレもその内の1人なわけだからサービスは怠らない。
「逆にオレなんかはザルだからいっつも酔っ払いの後始末押し付けられちゃって参るのよ」
「ウッソー!!一番盛り上がって色々めちゃくちゃしてそうなのに」
「バレた?酒は呑まれるためにあんだからやっぱ楽しく騒がねェと、な」
続けてオレ様の武勇伝を披露しながら、呆けたままのを自身の膝の上で介抱してやるのだった。
二次会の場所も決まり店を出たところでみんなアレコレと好き勝手喋り出した頃
オレと幹事のダヤッカ先輩はまだどっぷりと夢の世界の住人と化しているを支えながらレジ前を占拠していた。
「いつも悪いなカミナ。『お前との参加』ってのがアッチの条件でな」
申し訳なさそうに謝る先輩は、俺の知る限り二番目にお人好しな人物だ。
だからかミスグレン、ミスターグレン(女装したとオレ)というある種特異な称号を持っているオレ達2人と会ってみたいという女の子の誘いを無下に出来なかったりするのだ。
「いーえ。こっちは一食分浮くんでアリガタイですよ。それよりこの後の方が大変じゃないんですか?」
ちらりと店の前で大騒ぎを始めた金髪の馬鹿男に目を遣る。
「あぁ、そうだな。まぁ今回は最初だけでもいいからって初めに言ってくれてるからまだ気は楽なんだが・・・」
「いや、オレ達が抜けることじゃなくて。いつものヤツ」
「ん?」
アレ?先輩、頭が回らないほど呑んでなかったと思ってたけど
オレの言い方が遠まわしすぎたか?といくらか直球な言葉に変えてみる。
「・・・キタンのヤツが暴れたり」
「そうそう!いつもお前らが帰ると機嫌が悪くなるんだよな。仲間外れにされたって怒ってるんだろう、きっと」
あぁ、そういやこういった事にはめっぽう弱い人だったっけ。
「ダヤッカ先輩・・・いや、もういいス」
この場で説明するのは骨が折れそうだったので、オレは早々と見切りをつけて先輩に会計を任せて口をつむぐことにしたのだった。
会計も無事済ませて先輩と共にみんなに合流する。
すると分かっちゃいたが、キタンがいやにギラついた視線を寄越してくる。
あんまり気分のイイもんじゃないから、さっさと帰らせて貰う事にしよう。
「あーっと、オレこいつ送ってくんで!みんなオレ達の分まで楽しむんだぞ!!」
オレは二次会へと繰り出してゆく全員に向かってそう告げて、イエー!なんて掛け声を一発。
ノリの良い奴等はオレの後について大声張り上げて返してくれる。
あのトンガリ頭を除いて。ったく本当ノリの悪いやつだ。
まぁ、キタンの心配はたぶん杞憂にならないから乗り気にもなれないのだろうが。
キタンはずっとオレを睨みつけたまま
ここでお待ちかねの最終兵器の投入といこうか。
テメェがオレ達相手に出来るなんて思い上がるんじゃねェぞ?
「おーら!みんなに挨拶」
あい、とは禄にしゃべれない赤ん坊みたいな返事をして
「ばい、ばい」
にっこり、とそれはもう凶悪な笑顔を置き土産にひとりの酔っ払いはよろよろとふらつきながら帰路につくのだった。
「たっだいまーっと」
「おかえりぃ」
今共に帰宅した友人の発した言葉に笑いながら部屋に上がる。
勝手知ったる隣室にひとつひとつ明かりを点けていく。
「水飲むか?」
大きく頭を上下に揺らした後、上着から取り出した携帯を不思議そうに眺めている。
それは規則的な振動と一緒に液晶にバックライトが燈っているようだった。
「鳴ってんじゃん。出ねェのか?」
覗いてみれば11桁の番号が通知されていた。
早速お土産効果が発揮されたんだろう。
今頃荒れているだろうキタンの姿が思い浮かんで笑っていると、はなにが楽しいのか点滅にあわせて頭を身体を左右に揺らしていた。
「ちっか、ちっか、ちっか、ちっか」
歌うように言葉を唱えて無邪気に微笑んでいる。
「・・・おっまえねェ。んな揺れてっと気分悪くなるだろう!」
とうに成人した人間がこれでいいのかと甚だ疑問に感じる。
「うう〜きもちわるい」
「ほら、言わんこっちゃない」
「カミナおみずちょうだい」
「はい、はい。酔っ払いのくんはお水が欲しいんでちゅね〜」
「でちゅね〜。カミナ、でちゅね〜」
俺の物言いが気に入ったのかは語尾を何度も繰り返してひとりで笑い転げている。
ほんとこいつ大丈夫かよ!
オレが居ないとこで呑んだりしたら、ソッコーで身包み剥がされるぞ。
「ほら、み〜ず!しっかりしてくれよ?」
差し出した水を勢い良く飲み干してからはあの性質の悪い笑顔を寄越してくる。
「おかわりか?」
なんの反応も返さずに変わらずにこにこと微笑む友人。
酔っ払いに返答を求めてはいけないというのがよくわかった。
取りあえず水を汲みにいこうと立ち上がろうとしたら、が腕に抱きついてきてケラケラと笑い出した。
「・・・なにがしたいんだよ、この酔っ払い!」
ぺちんと額にデコピンを喰らい、すこし瞳を潤ませたはじっとオレをみあげてくる。
その縋るような視線には、ようやく連れをみつけられた迷い子みたいな必死さがあった。
「どこにも行かねェから・・・」
よしよしと頭を撫でてやれば嬉しそうに目を細めて身体を丸める。
これはコイツの『寝入るぞ!』という合図。
「ほ〜ら。イイコだ、寝るならベッド行こう、な?」
目を擦りながら頷いたはオレをしっかりと杖代わりに歩いてゆき、ちゃんとベッドまで辿りついてみせた。
しかしベッドには上がろうとせず、立ち尽くしたまま。
ったく、毎度毎度。子供じゃねェんだから、コイツは!!
これもいつもの事だと自分に言い聞かせたオレは、シングルのそれにさっさと乗り上げる。
そして
「オラ、一緒に寝てやっからさっさとこっちゃ来い!!」
だらりと下ろされていた腕を引いてやってすっぽりと抱き込んでやる。
これが女だったらいろいろと問題はあったのだろうが、幸いコイツは男でオレのダチなわけで
やっぱり抱き心地がいいなとか
イイ匂いがすんなとか
目閉じてると人形みてェに綺麗な顔してんなとか
考えないように気をつけて、オレはさっさと目を閉じた。
オレはおねェちゃんが好き、オレは女が好き、オレは巨乳が好き!!
呪文のように何度か小声で呟いていると段々と落ち着いてきた。
もう大丈夫だと冷静さを取り戻したオレが、腕の中の友人が眠ったか確認しようと目を開こうとすると
「カミナあったかいからすきなんだ」
破壊力満点の寝言。
このままじゃあ大事な何かが音を立てて崩れてしまいそうだったので、オレはに背を向けて寝入らなければならなくなった。
翌朝、美味そうな匂いに誘われて目を覚ますと台所には見慣れた友人の後姿。
「はよ。んで、シャワーどーする?」
スプリングを鳴らして起き上がればこちらを振り返ることも無く声が掛けられた。
どうするか聞かれるってのは、コイツの部屋に置いてあるオレの服がもう無いってこと。
・・・こないだ持ってきたばっかなのに。
ダルいがしょうがねェ。と一度大きく伸びをしてさっさと玄関に向かうことにする。
「しゃーねェから一回戻る。メシ食いに来るから開けとけよ〜」
「了解。いっつも悪いね、お兄さん」
「いえいえ〜。晩飯でチャラにしてやるよ」
酔いつぶれたこいつはきれいさっぱりと記憶を飛ばしてくれやがる。
だからオレはいつもささやか過ぎる仕返しのつもりでメシを集ってやるのだ。
自分の部屋の鍵を取り出す。
今出てきたばかりの隣の部屋のドアをみつめて
―――結局、オレとは他人なんだなと思い知った。
着ていた服を脱ごうとして、気付く。
あぁ、またやっちまったなと学習能力の無い己に嫌気が差す。
けれどもそれをみるとなんだかすこし嬉しくて、安心する。
鏡の中の自分のにやけ面に渇を入れて、洗濯機にそれを放り込んだ。
今度も着られるかは洗濯の出来次第。
着られなかったらのやつにまた集ってやればいいかな、と
おおきな欠伸を噛み殺したオレはコックを捻って湯を被った。
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現代パラレル今回は恋人になる前のふたり。
裏設定として夢主が飲んでたカクテルはブルームーンだったりします。
こっそりダヤッカとキタン出せたことに満足。次はヨーコさんが目標