俺って実は欲望に忠実なんです














遣る事成す事、全部が楽しくって仕方が無かった。





無断外泊は命懸け













カシャン



違和感に重たい瞼を抉じ開けてみれば耳慣れない金属音が響いた。

予想だにしないその音とあまりにも近くで奏でられるソレに眉を顰める。


――――あーっと。


覚醒したばかりのはっきりしない意識を働かせようと一度頭を振るってみる。




カシャン


再び耳に入ったその音。
厭な予感に駆られた俺の脳はフル活動を開始した。







まずは状況確認。
視界を塞がれているため視覚的な判断はつかないが両手両足とを恐らく金属製の鎖か何かで拘束されている。
それぞれに多少動けるようにと緩くゆとりを持って繋がれているのには少し感謝。
どうやら無様な格好を強いられてはいるが扱いはそれ程悪くはないようだ。
それは寝かされたベッドの柔らかさや掛けられたシーツの質によって判断できた。

村でカミナと一緒に包まっていた毛布はもちろんだが、リットナーで皆が使用していた物よりも上物のように思う。



と言うことは、だ。



「これは夢か?」



「目を覚まして一言目がそれとはな・・・全く。ニンゲンは理解に苦しむ」



「あれ、もしかして隊長さん?」



「他に誰が居るんだ」



「出来たらこの状況の説明をお願いしたいんだけど・・・。それと目隠し外してもらえると嬉しいな」



相変わらずの物言いは朝の出来事が夢ではないことを物語っていた。











****



昨夜は愛用の抱き枕が無かった所為で一睡もしていない。
見かねたリーロンがホットミルクを作ってくれたりしたんだけど効果は無くて。



「あーあ。治らないよなぁホント」



刷り込みに近いこの癖は本当に性質が悪い。
暗闇はある程度慣れはしたがこっちはさっぱり。
この歳で一人寝が出来ないなんて笑えないよな。



「いつまで一緒に居られるかなんて分かんないんだしさ」



ヨーコがカミナに気があるのは間違いない。
カミナだって満更じゃないみたいだし。
『弟』としては大手を振って2人を祝福してやりたい。
となるとそろそろカミナの隣に居座るのも遠慮しないと、ね。



「・・・ヤバイ。ちょっと泣きそう」



その言葉は決してカミナと離れるのが淋しいとか、そういった感情から口にしたわけではなく

眠気覚ましと食料調達、あとちょっとした冒険気分で軽く食料を持ってリットナーを出てきたわけだけど

岩場を抜けたら点在した水場がいくつもある上に周りは背の高い草で囲まれてるという絶好の狩場。
嬉々として食料の調達に勤しんでいた。
しかし欲が出たのだ。
この向こうには何があるのだろう、と。
カミナ譲りの好奇心の塊が久し振りに騒ぐものだから、連れが居ないのを此れ幸いにと行動に移してしまって。
終いには目印にしていた岩場も遥か彼方。
あやふやな自らの軌跡を思い返してみて一言。



「何処だよここー!!」



俺の絶叫は木霊を返すことも無く。
叫ぶのがちょっと気持ち良かったってのはナイショ。



「そろそろ帰んないとマズイかなぁ」



ふと、嫌な想像が頭を過ぎる。
が帰らない?迷子ってェやつか!よっし捜索隊出動!!」
なんて馬鹿みたいにはしゃぐカミナが思い浮かぶ。



「うん!帰ろう、とびきり急いで」



ザクっ

くるりと踵を返そうとしたら足元に落ちてきた矢。
結構地面に深く刺さっている。
この辺で狩をしている人がいるんだろうか?

ザクっ

・・・なんかまた飛んで来たんですけど。
これって、俺狙われてる?

逃げた方がいいのかな?ジっとしてるべきかな?
迷っていたら身の丈程もある草を掻き分けて男が一人現れた。



「こ、こんにちは」



とりあえず挨拶をしてみる。 そんな空気じゃないのは承知で



「キサマが先程の奇声の主か?」



あー、さっきのですか。



「聞かなかったことにしてもらえませんか?」



改めて言われてしまうと恥ずかしさが込み上げてくるのですよお兄さん。



「・・・・・・」



なんだか俺の恥とかいう問題では無いようで男は始終怒気を孕んでいる。



「俺は。この辺りを探索中だったんだけど・・・もしかして狩の邪魔しちゃいました?」



「それは、オレに聞いているのか?」



ああ、やっぱり。 さっきの大声の所為で多分彼の獲物を逃がしてしまったんだろう。
そして図らずも彼の妨げになってしまった俺。



「・・・何か作りましょうか?」



「何?」



「簡単なものなら手持ちの材料ですぐに出来ますよ。とは言ってもお鍋を用意できるなら、なんだけど」



せめてものお詫びに提案してみると彼は少し眉を寄せて答えた。



「毒でも盛るつもりか?」



「俺はこれでも料理人の端くれなの!自分が作った物を殺しの道具にするなんて死んでも無理」



彼が不審に思うのも当然だろう。
初対面の人間にこんな提案されたってどこぞの馬鹿じゃない限り簡単に頷いたりしない筈だ。



「では何のためにこんなことをする」



「俺の所為で貴方が迷惑してるんだから、どうにかして償いたいなぁ、と思ったんだけど」



これが建前ってやつで



「それに俺にとっては大好きな料理をする機会が一度増える。・・・なんて自己満足に塗れた理由だったりするんですけど」



そして本音。
彼がお腹を空かせているんだろうって処に目をつけて広がった提案もとい願望。
未だ険しい顔をして目前に立つ彼の表情を俺の料理で崩すことが出来るかもしれないっていうならこんなに腕の鳴る事なんてない!

・・・ああ、どうやら気分が乗ってしまった。
『一人』って言うのは好き勝手できる分こういう時はマイナスかも。



「・・・ダメ、かな?」



正直にぶちまけ過ぎただろうか。
恐る恐る窺ってみると男はニヤリと口の端を吊り上げてみせて



「毒味はキサマにさせてやる」



「仰せのままに、お坊ちゃま」



「変な呼び方はやめてもらおう。オレは人間掃討軍極東方面部隊長、ヴィラル」



「了解、隊長さん」



俺の頭の中は既にいくつものレシピで一杯で辛うじて聞き取れたその呼称で以って彼を呼ぶことにした。











****



回想終了。



「時間があるなら夕食も・・・」なんてお願いが出てくるくらいには俺の料理は隊長さんのお眼鏡に適ったらしい。
メインディッシュは獲って来ると意気揚々と出掛けて行った彼の背中を見送ったら忘れていた睡魔が襲ってきて
隊長さんの話によるとどうやら寝入ってしまった俺を態々部下を呼んでここまで運んでくれたようで

その直後にカミナ達とガンメンで一戦交わっていたっていうんだから、驚きだ。



「なるほど。要するに俺は知らぬ間に捕虜なわけですか」



目隠しは外されたものの未だに掛けられた鎖と隊長さんの顔を交互に見遣って幾分か愁傷に言ってみる。
ああ、カミナ怒ってないと良いんだけど。
・・・大笑いされてもへこむけどさ



「らしいな、だがそれだけじゃない。オマエには是非やってもらわなければ困ることがある」



殊更表情を硬くして彼は言う。



「・・・話だけなら聞いても良いよ」



なんか無理なことじゃないといいけど。と祈りながら次の言葉を待つ。



「とりあえず・・・・・・夕飯の準備をしろ」



そう言って隊長は俺の拘束を全て取り払ってしまった。
流石の宿敵である獣人も三大欲求には弱いらしい。
敵さんとしてはちょっとどうかと思うけど俺にとって悪くない状況だから気にしないことにしておこう。



「いいの?逃げちゃうかもしれないよ」



そんな気はさらさら無いのだけれど、簡単に呑んでしまうのも癪だから



「フン、その時は斬捨てるまでだ。実に惜しくはあるがな」



どうやら随分とかって戴いてるようで。
それとも見事、餌付け完了って事なのかな?



「そこまで隊長さんに謂われたんじゃあ腕を振るわないわけにはいかないね」



俺は今朝方にも晒した馬鹿みたいにおもいきり緩んだ顔で胸を張って言い放った。



「さぁ、キッチンに案内してもらおう」



未だ見ぬ戦場に想いを馳せて、いざ征かん!

って、これじゃあ俺ってただの料理馬鹿みたいじゃないか!?












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