あの手を取って共に歩んできた日々を俺は後悔した事なんて一度だってない。
距離感は大切に
「なんで朝イチからこんな体力使わせるかな」
それは心持ちいつもより強固な束縛をやっとのことで回避した俺の一言だった。
ここまで確り抱いているというのに起き出しても目が覚めないって言うんだから全く以って無意味な行為に思えてならない。
「ま、暖かいから良いんだけどさ」
特に害も無いしね。
僅かに残る眠気を大きく手足を伸ばすことで振り払う。
「それじゃあ、いってきます」
ちょっと違うかな?
そう思ったのは眠るカミナと
いつものやりとりをして
あどけない寝顔のシモンにも同じように朝の挨拶を済ませた後だった。
「アラ、随分早いのね」
広場のような場所まで出てみると声を掛けられた。
たしかリーロンとか言ったかな。
「おはようございます」
ぺこりと一礼。
そして鼻腔をくすぐる焙煎豆の香り。
「コーヒー如何?」
待ってましたその一言!
・・・だけど
「・・・カフェオレって選択肢はありますか?」
ごめんなさい。
朝から無駄に体力を使ったから少し甘さが恋しくて・・・と、勝手極まりない己の欲求に忠実になってみた。
そしてダメモトで目前のリーロンを見上げて尋ねてみる。
「まあ!贅沢者ね!でもそんなに可愛くオネダリされちゃあ敵わないわね」
言ってリーロンは俺を近くにあった椅子に座らせると厨房らしき処へと姿を消した。
なんだ。普通にいい人じゃないか。
昨日カミナが何故か俺とリーロンが話そうとするのを意図的に邪魔しているようだったからどんな人かと思ったら。
それとも単に俺が餌に釣られてるだけなのか?
「出来たわよ〜」
聞こえてきた声に一気に思考が奪われる。
そして彼の作ったカフェオレを口にして俺の警戒は完全に払拭されてしまっていた。
ガン、ガン、ガン、
「なんかの合図なの?リーロン」
彼との会話に夢中になっているとそれは突然鳴り響いた。
「避難警報みたいなものかしら?」
「敵が来たぞー逃げろ!って事?」
「その通り」
話してみるとリーロンは本当に面白い人で、俺はかなり彼を気に入ってしまった。
ガンメンやらメカニックやら武器やらリットナー村のことやら。
なにより俺の知らない食材や調味料などの話になると殊更盛り上がった。
お陰で随分と砕けた物言いをさせてもらってる。
カミナが何故彼を近づけないようにしていたのかは未だに解らないけど。
ドシン
大きな揺れの所為で半分ほど空けたおかわりのカフェオレが零れかけて俺は慌てて体勢を整えた。
「大丈夫?」
「なんとか」
リーロンの問いかけに苦笑いで返す。
びっくりしてすこし取り乱してしまった。恥ずかしいな。
「あちらもお目覚めみたいね」
「朝っぱらから元気だなぁ」
何事だと騒ぎ立てて慌てふためくカミナとシモン。
その姿に思わず声を立てて笑ってしまった。
途端、カミナの視線とぶつかる。
目敏く笑った俺の姿をみつけたカミナは、なんとも厳しい表情をしてこちらに大股でやって来る。
そ、そんなに怒る事じゃあないだろう!
カミナだって俺が酔っ払うとずっと笑ってるくせに。
色が白い所為か酔うとすぐに赤くなってしまう性質の俺は呑むと必ずカミナの笑い種にされる。
それに比べたら今の俺なんてかなり控えめだったというのに!
「バカヤロウ!勝手に抜け出してんじゃねェ!どっか行くなら声掛けろ!!」
「え?あ、ごめんなさい」
見当外れもいいところ。
カミナが怒っていたのは一人で起き出したことらしかった。
思わず謝ってしまったが良く考えると俺はちゃんと一声掛けていないか?
「でも俺カミナにもシモンにも声掛けて出て行ったよ。カミナだっていつも通り返事してたし」
なあ?と同意を求めると、まだ息が整っていない様子のシモンは頬を赤らめてパクパクと口を開閉させている。
シモン。お前案外体力無いんだな。
「ま、シモンもカミナと一緒でグースカ寝てたから分かんないか」
こくこくと千切れんばかりにシモンが首を上下させていると、またもや敵の襲来を告げてガンガンと音が響き渡った。
「なんだよコレ」
「地上の朝はガンメンで始まるのよ、モーニングコーヒー如何?」
カミナの疑問にリーロンは簡潔にそう答えた。
リーロンやっぱアンタすごく良い!
ジーハ村にはこんな洒落っ気のある人間居なかった。
やっぱり地上で生活してると変わるものなのかな?
「・・・俺リーロンって好きだなぁ」
ぼそりと零した俺の呟きにひくりと口の端を歪に吊り上げたカミナが折角のコーヒーを被ったようだった。
ああ、なんて勿体無い!
無事に崖に爆薬を仕掛け終えたのでリーダーのダヤッカに報告。
余った爆薬は勿論くすねておいた。
さてと、俺もガンメン拝みに参りましょうか!
「よし、まだ突っ込んでないな」
「!オマエ何処行ってたんだよ!」
一番最初に確認してるのがカミナの動向だなんて、どれだけ哀しいんだよ俺の性は。
「お疲れ様」
今まさに赤いガンメンに崩された岩壁が振りそそいでいく。
その光景を得意気に見下ろしてからヨーコはカミナに説明してくれた。
「には崖の上に爆薬を仕掛けてもらってたの。まんまと掛かってくれたわ」
「その台詞は未だ早いみたいだヨーコ」
赤いのは瓦礫を物ともせずに咆哮とともに払い除けてしまっていた。
うーん。これはなかなか手強そうな相手だなあ。
「アイツ、なんて頑丈なの」
「イイじゃねェか。アイツ最高にシビれるぜ!」
嫌な予感。
「決めた!あのガンメンオレが戴く」
ああ、予感的中。
「アンタ何言ってんの!?」
「アイツにはオレが乗るって言ってんだよ!」
始まりました。カミナの病気です。
こうなったら誰も止められません。
「アニキー!!」
そこへタイミングよくラガンを操りシモンがやってきた。
「イイトコ来たぜ兄弟!」
言うなり高く飛び上がったカミナはラガンにキャッチされてしまっていた。
「危なくなったら帰って来いよ〜」
仕方なく投げやり気味に2人に言い放つ俺にヨーコは呆れたように言葉を漏らす。
「まるで子供相手の台詞ね」
「ガキだと思って接しないとやってらんないからね」
「・・・その通りかも」
溜息混じりのヨーコの同意を得た俺は暫しの傍観を決め込むためにその場に腰を落ち着けた。
―――リットナー村外れ
慟哭と共に見つけた父親の亡骸を手厚く葬ったカミナから出来るだけ離れて俺は燃え上がる松明をひとり眺めていた。
「お疲れ様」
「ヨーコこそ。お疲れ」
広場ではカミナが節回しの良い本日の英雄譚を皆に聞かせているようだった。
「いいの?彼」
先程とは打って変わったその明るさに彼女は不安が残るのだろう。
「カミナ?良いの。今は俺に傍に居られたくないだろうし」
ほら、きっと泣いちゃうからアイツと茶化してみてもヨーコは納得した様子も無くて。
「まあ、複雑なんだろうね。俺たちは・・・」
肩を竦めて彼女に苦笑を向けてから、俺は空を見上げてみる。
一面の星が散らばる中に大きな月が浮かんでいた。
村に居た頃を思えば地上はなんて光が溢れているんだろう。
「・・・だけどやっぱり暗いんだよなぁ」
不思議そうな顔をしたヨーコから酒を拝借してグイっと一気に煽る。
あっと可愛らしい声を上げた彼女に悪戯っぽい笑みを返した。
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